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大阪地方裁判所 平成4年(行ウ)29号 判決 1994年10月26日

大阪府吹田市南清和園町三番三一号

原告

安間俊三

右訴訟代理人弁護士

大槻龍馬

岡惠一郎

田中駿介

大阪府吹田市片山町三丁目一六番二二号

被告

吹田税務署長 藤本幸造

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

前田勲男

右被告ら指定代理人

本田晃

桑名義信

大熊節

古角隆志

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告吹田税務署長が平成二年一一月二八日付けで原告に対してした、昭和五九年分、昭和六〇年分及び昭和六一年分の各所得税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

二  被告国は、原告に対し、金一三〇万六八〇〇円及びこれに対する昭和六三年七月一六日からその還付のための支払決定の日まで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  前提事実(当事者間に争いがない。)

1  原告は、被告吹田税務署長に対して、昭和五九年分、昭和六〇年分及び昭和六一年分(以下これらをまとめて「本件各年分」という。)の各所得税につき、それぞれその法定申告期限までに、別表1の確定申告欄記載のとおり確定申告をなした。

2  原告が代表取締役を務めるサカエ商事株式会社は、昭和六二年六月九日、法人税法違反の嫌疑により大阪国税局査察部の査察調査を受けて帳簿書類等の関係書類を差し押さえられるなどし、これに伴って原告の所得に関する帳簿書類等の関係書類も多数差し押さえられるに至った。そして、この調査の結果、原告も、株式等有価証券の売買取引によって多額の利益を得ながらこれを申告せず所得税の支払を免れていることが判明したため、所得税法違反の嫌疑により査察調査を受けることになった。

3  原告は、その査察調査を担当した大阪国税局査察部国税査察官河野道有(以下「河野査察官」という。)から、昭和六三年六月一八日頃、査察調査の結果として原告の本件各年分の所得金額及び納付すべき税額が別表1の修正申告及び賦課決定欄記載の各金額になる旨の開示を受けた。そこで、原告は、同月二〇日、これに従って、被告吹田税務署長に対して、同欄記載のとおり本件各年分の所得金額及び税額について修正申告(以下「本件修正申告」という。)をなし、同年七月八日から同月一五日までの間に各所得税の不足額を納付した。

4  これに対し、被告吹田税務署長は、昭和六三年一〇月六日、別表1の修正申告及び賦課決定欄記載のとおりの過少申告加算税及び重加算税の賦課決定をなし、原告は、平成三年一二月六日までの間にこれを納付した。

5  原告は、昭和六三年六月二七日、所得税法違反嫌疑事件の犯則嫌疑者として大阪地方検察庁に告発された上、平成元年四月一四日、法人税法違反及び所得税法違反により大阪地方裁判所に起訴された。原告の右刑事事件(以下「本件刑事事件」という。)について同裁判所は、平成二年六月二五日、原告を懲役二年及び罰金八〇〇〇万円(懲役刑については四年間執行猶予)に処する旨の有罪判決(以下「本件刑事事件判決」という。)をした。

6  ところで、本件修正申告においては、原告が生野タミヱから賃借し大久保隆他二三名に転貸している別紙不動産目録記載の土地(以下「本件土地」という。)について、受取賃料が本件各年分の不動産所得の収入金額に計上されていながら、支払賃料が必要経費に上げられていなかった。また、幸福相互銀行吹田支店の井上陽子名義の定期預金(以下「本件定期預金」という。)の利息五三四二円が昭和五九年分の利子所得の収入金額に計上されていた。更に、本件刑事事件の公訴事実も、犯則所得金額を算定するについては、右と同様に本件土地についての支払賃料を必要経費に上げず、本件定期預金の利息五三四二円を収入金額に計上していた。しかし、本件刑事事件判決では、犯則所得金額を算定するに当たって、本件土地についての本件各年分の支払賃料(本訴において原告が主張するとおり、昭和五九年分五四万三二〇〇円、昭和六〇年分五四万三二〇〇円、昭和六一年分八一万四八〇〇円)を必要経費に上げて収入金額から控除し、本件定期預金の利息五三四二円を昭和五九年分の収入金額に計上しないこととして、それらに相当する分だけ減額した金額を認定した。原告は本件刑事事件判決に対して控訴し、控訴棄却の判決を受けたので、更にこれに対して上告したが、検察官は控訴しなかった。

7  原告は、平成二年八月二四日、被告吹田税務署長に対して本件各年分の所得金額については、本件刑事事件判決の前記認定どおり、本件土地についての本件各年分の支払賃料を必要経費に上げて収入金額から控除し、本件定期預金の利息五三四二円を昭和五九年分の収入金額に計上しないで計算されるべきであるとして、別表の更正の請求欄記載のとおり更正の請求(以下「本件更正請求」という。)をした。しかし、同被告は、同年一一月二八日付けで更正をすべき理由がない旨の通知(以下「本件通知処分」という。)をした。原告は同年一二月二八日、これに対して異議申立をしたが、同被告は平成三年四月一〇日これを棄却した。原告は、更に同年五月九日、国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、同審判所長は、平成四年一月二〇日付けで右請求を棄却する旨の裁決をなした。

8  原告は、被告吹田税務署長に対して、本件通知処分の取消を求めるとともに(平成四年(行ウ)第二九号、同第三〇号、同第三一号事件)、被告国に対して、本件修正申告は錯誤により本件更正請求に係る所得金額及び税額を超える部分については無効であるとして、本件修正申告に係る税額と本件更正請求に係る税額との差額分につき、誤納金としてその返還の請求をしている(平成五年(行ウ)第一一号事件)。

二  争点及び当事者の主張

1  本件通知処分の取消請求事件

(一) 国税通則法(以下「法」という。)二三条二項一号に基づく更正請求の成否

(原告の主張)

所得なきところに課税なしとする基本理念が定立されている租税法律関係の分野においては、実体的正義の実現に十分な考慮が払われるべきであり、税務署長は課税標準等又は税額等につき納税者の申告と実体とが相違する場合には、それが増減のいずれであるかを問わず、それを是正する意味で更正すべき職責を負っており、更正請求制度も、このような税務署長の職責を踏まえ納税者に税務署長の職権の発動を促す意味での申請権を付与したものである。従って、税務署長の右職責の放棄を許容し実体的正義の実現を阻害するような解釈は許されず、本件のように刑事裁判所の判断であっても、申告の内容と異なる司法機関の判断が確定して申告内容が誤りであることが明らかになっている場合には、税務署長は、右の判断を前提とする更正請求を許容すべきである。かかる意味で刑事事件判決も法二三条二項一号の判決に該当するといえるし、たとえいえないとしても、右条項を準用ないし類推適用して、本件刑事事件判決の内容に沿った本件更正請求が許容されるべきである。

(被告吹田税務署長の主張)

法二三条二項は、納税申告当時内在していなかった減額要因が後発的事由として後日発生し、これにより課税標準等又は税額等の計算に変更を生じ税額を減額すべきこととなった場合に、納税者に対する救済の途を拡大するための特別な更正請求制度であるところ、本件刑事事件判決で認められた減額要因は、本件土地についての支払賃料が必要経費として控除されるべきであること、及び、本件定期預金が原告に帰属しないからその利息が収入金額から減額されるべきであることを内容とするものであり、これらはいずれも本件修正申告書提出前から内在していた事実なのである。従って、このような事由をもって法二三条二項の更正請求の理由とすることはできないから、本件刑事事件判決を根拠とする法二三条二項一号による更正請求は理由がない。

また、法二三条二項の前記のような趣旨からすると、右条項により更正請求が認められる後発的事由とは、当初課税の前提となった私法上の事実関係に変動が生じた場合であることを要するのはいうまでもないから、同項一号の判決とは、あくまで同号の文言どおり「その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実関係に関する訴えについての」もの、即ち、申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実についての私人間の紛争を解決することを目的とする民事事件の判決を意味し、刑罰権の存否範囲を確定するために、被告人が提出した確定申告書に記載された所得金額が虚偽であるか否か等についての事実認定を行うに過ぎない刑事事件の判決は、同号にいう判決に当たらない。

そもそも、刑事事件の判決で認定される犯則所得金額は、被告人が偽りその他不正の行為により免れた租税に関する所得金額に限られ、右事実の認定に当たっても、憲法や刑事訴訟法が規定する様々な証拠能力の制限により限定された証拠能力ある証拠による厳格な証明が要求されているし、これらの証拠の証明力の評価についても「疑わしきは被告人に有利に」との原則に従い、合理的な疑いをいれない程度の証明がなされなければならないのに対し、課税手続においては、刑事事件におけるような証拠能力の制限はなく、かえって、刑事訴訟手続においては不利益供述の強要として禁止されるような質問検査権の行使による収集証拠の使用も認められている他、一定の要件の下に租税額を推計することもできるのであって、刑事事件において認定される犯則所得金額と課税手続によって確定される課税所得金額とは、法律要件的にも格段の差異があるのである。従って、このような点からしても、刑事事件の判決が法二三条二項一号の判決に当たらないことは明らかである。

(二) 法二三条二項三号、同法施行令(以下「施行令」という。)六条一項三号に基づく更正請求の成否

(原告の主張)

本件修正申告は、国税当局により申告に必要な関係書類がすべて差し押さえられ、原告にとって正確な申告をなしえない状況のもとでなされた。しかも、河野査察官は、昭和六三年六月一四日から同月一八日頃までの間、原告に対して、本件修正申告に係る所得金額や税額を示して、右金額の計算に間違いはない旨の断定的判断を提供し、概算での修正申告をしたいとの原告の懇請を強引に拒否して、同月二〇日までに右金額のとおりに修正申告をなすよう強く指導勧告し、これに応じれば告発あるいは起訴を免れるとの甘言や、これに応じなければ処分が重くなる旨の脅迫的言辞まで弄して修正申告を強要したのであり、原告はそのため、やむを得ず同査察官のいうとおりの金額で本件修正申告を行った。しかし、同査察官の示した右金額は客観的には誤りであることが、本件刑事事件判決で明らかになった。従って、このような事情のもとになされた本件修正申告については、法二三条二項三号、施行令六条一項三号の適用ないしはその類推適用による更正請求が認められるべきである。

被告吹田税務署長は、右規定による更正請求は法定申告期限内において帳簿書類の押収又はこれに類するような事情のため帳簿書類等に基づく課税標準等や税額等の計算ができなかったことを前提としており、法定申告期限内に帳簿書類その他の記録に基づいて正しい申告を行うことができた場合には認められないと主張するが、その主張が正当でないことは、申告義務を怠り法二五条所定の決定を受けた者も法二三条二項の更正請求をなしうるとされていることや同項三号の規定の文言上からも明らかであり、殊に前記のような事情のある本件の下では、右規定による更正請求は当然認められて然るべきである。

(被告吹田税務署長の主張)

施行令六条一項三号は、法定申告期限内において、帳簿書類の押収その他これに類するようなやむを得ない事情により、課税標準等や税額等の計算ができなかったことを前提としており、押収されていた帳簿書類の還付等により右事情が削減して、初めて当初の申告に係る税額が過大であったことが判明した場合に、右帳簿書類等に基づいて計算した課税標準等又は税額等に従った更正の請求を認めたものである(東京地裁平成二年三月二〇日判決・税務訴訟資料一七五号一二五九頁、大阪地裁平成三年一二月一八日判決・訟務月報三八巻七号一三一二頁)。本件では、帳簿書類等の押収がなされたのは、本件各年分の所得税の法定申告期限後である昭和六二年六月九日であるから、右帳簿書類等の押収は施行令六条一項三号にいう「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」には当たらず、従って、同条項の適用ないし類推適用はない。

また、原告は、査察調査を受けている間に、押収されている帳簿書類等を閲覧して所得金額を検討することが十分可能だったのであるから、本件は同号の予定するところとは著しく異なっており、同条項の適用ないし類推適用を認める余地はない。

仮に、原告の主張する事情が同号にいう「やむを得ない事情」に該当するとしても、原告は本件刑事事件における平成二年五月二四日付け弁論要旨の中で、既に本件で主張する錯誤の内容について述べているのであるから、遅くとも同日には右「やむを得ない事情」は消滅していた。従って、同日から二か月を経過した後になされた本件更正請求は認められない。

(三) 法二三条二項に基づく更正請求の成否

(原告の主張)

前記(一)の原告の主張に延べた租税法律関係における実体的真実主義の要請からして、法二三条二項は柔軟に解釈されるべきであり、右規定は更正請求をなしうる場合を例示しているに過ぎないと理解されるべきである。そして、税務署長は課税標準等又は税額等につき納税者の申告と実体とが相違する場合には、それが増減のいずれであるかを問わず、それを是正する意味で更正すべき職責を負っており、更正請求制度もこのような税務署長の職責を踏まえ納税者に税務署長の職権の発動を促す意味での申請権を付与したものであって、法二三条二項はこのような場合をも含めて規定していると理解されるべきである。本件では、本件刑事事件判決により、刑事事件の裁判所の判断とはいえ司法機関による最終的判断が確定しているのであるから、その限度で課税要件の不充足が何人の目にも明らかになっているのであり、従って、被告吹田税務署長としては、それに従って本件更正請求の内容どおり更正する職責、義務を負っているのであるから、そのような義務の履行を促す契機として本件更正請求は認められるべきである。

(被告吹田税務署長の主張)

前記(一)の被告吹田税務署長の主張第一段に述べたところからして、本件において法二三条二項による更正請求は認められない。

また、仮に法二三条二項を拡張して解釈することが許されるとしても、それにも限度があり、原告がこの点について主張する事情は、同項の予定する後発的理由に当たらないことが明らかである。そして、現行租税制度においては、納税者からの更正請求については法二三条及び各税法に規定された場合にのみ例外的に認め、期限内申告の適正化、法律関係の早期安定及び税務行政の能率的運用を図ろうとしているのであるから、納税者からの更正請求と課税庁の職権による更正とは全く別個の制度であり、従って、本件の場合、法二三条その他納税者からの更正請求を認める法令の規定するいずれの要件にも当たらない以上、更正請求が認められる余地はない。

(四) 法二三条一項ないし信義則に基づく更正請求の成否

(原告の主張)

前記(二)の原告の主張記載のように、河野査察官は、昭和六三年六月一四日から同月一八日頃までの間、原告に対して、本件修正申告に係る所得金額や税額の計算に間違いはない旨の断定的判断を提供し、概算での修正申告をしたいとの原告の懇請を強引に拒否して、同月二〇日までに右金額のとおりに修正申告をなすよう強く指導勧告し、これに応じれば告発あるいは起訴を免れるとの甘言や、これに応じなければ処分が重くなる旨の脅迫的言辞まで弄して修正申告を強要したのであり、原告はそのため、内容を吟味する機会も与えられないまま、同査察官のいうとおりの金額で本件修正申告を行った。同査察官が、既に法二三条一項に基づく更正請求の期間が徒過しているのを知りながら右のように強引かつ執拗に修正申告を迫ったのは、後日の是正を求める方策を封じる目的であったと断ぜざるを得ない。ところが、同査察官の示した金額は客観的には誤っていたのであるから、このような場合、被告吹田税務署長としては、原告からの更正請求に対して、同項の期間徒過を理由としてこれを認めないことは、信義則上許されない。

(被告吹田税務署長の主張)

河野査察官が断定的判断を提供し、概算での修正申告をしたいとの原告の懇請を強引に拒否して、自らが開示した金額のとおりに修正申告をなすよう強く指導勧告し、不当な甘言や脅迫的言辞まで弄して修正申告を強要したという原告の主張は明らかに誇張ないし虚偽を含んでおり、当初の確定申告において正しい申告を行わなかった原告について、信義則を適用して更正請求を認める理由はない。

また、租税法律関係においては、信義則の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分による課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければならない特別の事情が存する場合に、初めて右法理の適用を考えるべきである(最高裁第三小法廷昭和六二年一〇月三〇日判決・集民一五二号九三頁)。原告の主張する事情は、右特別の事情に当たらない。

更に、そもそも、修正申告が強要されたものであるとしても、当該申告者からの更正請求が法定の期間経過後にされた場合において、税務署長が当該請求を適法なものとして処理すべき義務が信義則上生ずると解することはできないのである(東京地裁昭和五四年三月一五日判決・訟務月報二五巻七号一九六九頁)。

従って、法二三条一項ないし信義則を理由とする本件更正請求は認められない。

2  誤納金返還請求事件

本件修正申告のうち本件更正請求に係る所得金額及び税額を超える部分については錯誤により無効であるか否か

(原告の主張)

(一) 原告の本件各年分の所得金額を算定するに当たっては、本件土地についての支払賃料(昭和五九年分五四万三二〇〇円、昭和六〇年分五四万三二〇〇円、昭和六一年分八一万四八〇〇円)は必要経費として本件各年分の収入金額から控除されるべきであるし、また、本件定期預金は井上陽子に帰属するもので原告のものではないから、その利息五三四二円は原告の昭和五九年分の収入金額に計上されるべきではなく、従って、本件修正申告は、別表の更正の請求欄記載の所得金額及び税額によってなされるべきであった。しかるに、本件修正申告においては、右支払賃料が必要経費に上げられていなかったし、本件定期預金の利息五三四二円が昭和五九年分の収入金額に計上されていたから、その分だけ所得金額及び税額が過大になっており、その限度で、本件修正申告は客観的事実との食い違いがあって、誤っていたのである。

(二) 前記1(二)の原告の主張記載のように、河野査察官は、断定的判断を提供し、概算での修正申告をしたいとの原告の懇請を強引に拒否して、自らが開示した客観的には誤った金額のとおりに修正申告をなすよう強く指導勧告し、不当な甘言や脅迫的言辞まで弄して修正申告を強要した。原告は、国税当局により申告に必要な関係書類がすべて差し押さえられ正確な申告をなしえない状況の下にあったし、査察調査の過程において自ら進んで何か有利なことを申立てられるような状態でもなく、そのために錯誤に陥って、同査察官のいう金額は、本件土地についての支払賃料を必要経費として控除し、原告に帰属しない預金の利息を収入金額に計上しないなどして正しく計算されたものであると信じた。また、原告は、数々の疾病を患っていながらそれまで連日に亘る長期間の取調べを受け、嫌疑事件についての処分に対する極度の不安のため心労を重ね、肉体的、精神的に疲労困憊の極みにあり、しかも、同査察官が原告の有価証券取引の委託先証券会社の担当者阿部慧に対する取調べ中に同人に対してパイプ椅子を投げつけて傷害を負わせたとの事情を聞いて、同査察官に対して強い恐怖心を抱いていたこともあって、同査察官の言に従う他ないと観念して本件修正申告をなすに至ったのである。このような事情からすると、原告の右錯誤は客観的に重大かつ明白であり、この是正が許されないならば納税者としての原告の利益が著しく害されることになる。

(三) 従って、本件修正申告は、前記過大申告部分について無効である。

(被告国の主張)

(一) 税務申告書の記載内容の過誤の是正については、その錯誤が要素の錯誤であることを要するのは当然のこととして、その他に、錯誤が客観的に明白かつ重大であって、税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、法定の方法によらないで記載内容の錯誤を主張することは許されないし、行為者に重大な過失がある場合に無効の主張が許されないのも当然である。ところで、行政処分の無効の要件としての瑕疵の明白性に関しては、処分成立の当初から、誤認であることが外見上、客観的に明白であり一見看取しうる場合を指すとされているのであるから、税務申告の錯誤の明白性とは、税務申告書上における誤記、計算違い等のように、当該税務署長(課税庁)にとって錯誤が一見して明白なことをいうのであって、処分関係人の態様や主観的事情は、無効の判断においては無関係であると解すべきである。また、税務申告の錯誤の重大性とは、申告に係る所得金額や税額について金額的な齟齬が大きいことを指すと解される。

(二) 原告が主張する錯誤についての事情は、本件修正申告をする動機に過ぎず、また、それは被告吹田税務署の職員に対して明示的にも黙示的にも示されていなかったから、原告の主張する錯誤をもって要素の錯誤ということはできない。

(三) 原告は、所得金額や税額の確定を行う査察調査に際し、その内容に疑問、過誤があれば、確認してそれらを指摘することが十分可能であったものである。また、河野査察官が原告に慫慂した修正申告の内容が査察調査によって確認された数額に基づくものであることは明らかであるから、錯誤に陥ったことについては原告に重大な過失があるといわざるを得ない。

(四) 原告主張の錯誤は、修正申告書上の誤記、計算違い等ではなく、修正申告時において錯誤が課税庁にとって一見して客観的に明白であるとはいえない。

(五) 本件修正申告における課税総所得金額のうち、原告が錯誤により過大になっていると主張する金額の占める割合は、別表2記載のとおり昭和五九年分については〇・八四パーセント、昭和六〇年分については〇・五三パーセント、昭和六一年分については〇・二〇パーセントとわずかなものに過ぎず、従って、原告主張の錯誤が重大であるとはいえない。

(六) 本件の査察調査において、河野査察官は、原告の求めに応じて、原告の体調が悪い場合には中断するなどし、午前中の調査を行わないなどの配慮をしたし、原告に対して暴力を振るったようなこともない。また、原告は、同査察官が本件修正申告に係る金額の正確性について断定的判断を提供した旨主張するが、同査察官は、長時間をかけて証拠書類に基づいて調査したものであり、原告の言い分も十分聞いて算出した金額でもあるので、決していいかげんなものではない旨述べたに過ぎない。更に、同査察官が不当な甘言や強迫的言辞をもって本件修正申告を強要したこともない。その他、前記のように、原告は、質問調査の段階で原告が主張するような過誤があれば確認してそれらを指摘することが十分可能であったこと、原告の主張する錯誤は、客観的に明白でも重大でもないこと等にも照らすと、本件において、修正申告の誤りの是正を許さないならば納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がないことは明らかである。

第三争点に対する判断

一  本件通知処分取消請求事件

1  法二三条二項一号に基づく更正請求の成否

法二三条一項は、納税申告書を提出した者からの更正請求ができる期間を法定申告期限から一年以内に限定し、同条二項は、後日一定の事由が生じた場合には右期間の延長を認めているが、これは、租税債務を可及的速やかに確定させるという国家財政上の要請から更正請求ができる期間を限定するとともに、他方で、一定の後発的事由が発生したために課税標準等又は税額等の計算をするための基礎的な事実関係に変化が生じ、これによって税額の減額をすべき場合にも更正請求を認めないと納税者に過酷な結果となることから、例外的に一定の場合に右期間経過後の更正請求を認めたものである。そして、同条二項一号は、その申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決又はこれと同一の効力を有する和解その他の行為により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したときに、更正請求を認めているが、ここにいう判決とは、申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実(例えば契約の成否、相続による財産取得の有無、特定の債権債務を発生させる行政処分の効力の有無等)を訴えの対象とする民事事件の判決を意味し、刑事事件の判決はこれには当たらないと解せられる(最高裁第二小法廷昭和六〇年五月一七日判決・税務訴訟資料一四五号四六三頁)。なぜならば、そのように解するのが、「事実に関する訴えについての判決」という右規定の文言にも合致するし、また、実質的に考えても、刑事事件は、刑罰権の存否、範囲を確定することを直接の目的とし、犯則所得金額や逋脱税額の認定はそのための前提として行うに過ぎず、その認定に当たっても、証拠能力の制限や証拠の証明力の評価等に関して民事事件とは異なった著しく厳格な法規、法則が適用されるのであるから、そこでの事実認定は民事事件(課税処分の適否を決する訴訟は民事事件である。)におけるのとは相違するものになる可能性も十分考えられ、従って、右のような解釈が前記の法令の趣旨に適合し、妥当なものといえるからである。

よって、同条二項一号の適用、あるいはその準用ないし類推適用によって本件更正請求が認められるべきであるという原告の主張は理由がない。

2  法二三条二項三号、施行令六条一項目三号に基づく更正請求の成否

法二三条二項三号は、当該国税の法定申告期限後に生じた政令で定めるやむを得ない理由があるときに、同条一項の期間経過後の更正請求を認め、施行令六条一項三号は、右の「やむを得ない理由があるとき」として、帳簿書類の押収その他やむを得ない事情により、課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき帳簿書類その他の記録に基づいて国税の課税標準等又は税額等を計算することができなかった場合において、その後、当該事情が消滅したことを挙げている。しかし、本件においては、後記二2に認定する事情からすると、原告は、査察調査を受けている間に、本件土地についての支払賃料の額やそれが必要経費に上げられているか否かという点についても、また、本件定期預金の原告への帰属性の有無及びそれが原告に帰属するものとして所得金額の計算がなされているか否かという点についても、査察官に質して確認し、押収されている帳簿書類等を閲覧し、自己の手元にある資料を調べ、あるいは自ら調査するなどして容易に知ることが可能であったと考えられるから、「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情により、国税の課税標準等又は税額等を計算することができなかった場合」に当たるとはいえない。従って、同号の適用ないし類推適用により本件更正請求を認めることもできない。

3  法二三条二項に基づく更正請求の成否

現行租税制度において、所得税に関しては、申告納税制度を採用し、課税標準等の決定はその間の事情に最も通じている納税義務者自身の申告に基づくものとし、その過誤の是正のための納税者からの更正請求については、法二三条及び所得税法に規定された場合にのみ例外的に認め、期限内申告の適正化、租税債務関係の早期確定及び税務行政の能率的運用を図ろうとしているのであるから、納税者からの更正請求は、右法令に規定された場合にのみ認められるべきものである。しかし、原告が本件で法二三条二項に該当すると主張する事由は、同項各号の規定するいずれの事由にも当たらないことが明らかであり、原告が主張するように、同項が課税標準等又は税額等につき納税者の申告と実体とが相違し課税要件の不充足が明らかな場合をも含めて規定していると解すべき理由はない。従って、同項に基づいて本件更正請求が認められる余地はなく、この点についての原告の主張は採用できない。

4  法二三条一項ないし信義則に基づく更正請求の成否

前記3に述べた法二三条の法意からして、本件更正請求は、法二三条一項に規定された期間が経過した後になされたものである以上、同項に基づく更正請求が認められる余地はない。このように解したとしても、後記二1記載のように、違法不当な方法による査察調査により明白かつ重大な錯誤に陥って誤った税務申告を強いられたといったように、法定の方法以外にその是正を許さないならば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合には、税務申告内容の錯誤を主張することによってその救済が得られるのであるから、納税義務者にとって過酷な結果となるものではない。従って、この点についての原告の主張は採用できない。

二  誤納金返還請求事件

1  税務申告書の記載内容の過誤の是正については、錯誤が客観的に明白かつ重大であって、税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、法定の方法によらないで記載内容の錯誤を主張することは許されない(最高裁第一小法廷昭和三九年一〇月二二日判決・民集一八巻八号一七六二頁)。そして、ここにいう税務申告の錯誤の明白性とは、錯誤が外形上、客観的に明白であって一見して明らかなことをいうのであり、また、税務申告の錯誤の重大性とは、申告に係る所得金額や税額について、正しく計算されたものとの金額的な齟齬が大きいことを指すと解せられる。

2  甲四号証、六ないし四一号証、乙一ないし一〇号証、証人河野道有の証言及び原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告に対する査察調査は、サカエ商事株式会社に対する法人税法違反嫌疑事件と原告自身に対する所得

税法違反嫌疑事件に関するものであったが、所得税法違反嫌疑事件だけに限ってみても、多額の株式等有価証券の売買取引による利益をすべて申告から除外し、不動産収入及び預金利息のかなりの部分をも申告せず所得税を免れたというもので、本件各年分の申告から除外した所得金額の合計額が三億円を超える高額なものであったため、調査は、同社に対する捜索差押を行ってから約一年を要した。その間、原告に対する質問調査は、平均して一か月に数回の割合で行われ、原告が糖尿病、高血圧、心臓病、胆石等を患って通院していたので、一回の質問調査は午後一時頃から夕刻までの半日とされ、その間担当の河野査察官が暴行を振るうようなこともなく、通常の質問調査に比して特に苛酷というような点はなかった。

なお、原告は、同査察官が昭和六三年一月、原告の有価証券取引の委託先証券会社の担当者阿部慧に対する取調べ中に同人に対してパイプ椅子を投げつけて傷害を負わせたとの事情を聞いて、同査察官に対して強い恐怖心を抱いていた旨供述するが、同査察官のそのような取調べの事実の真偽はさておき、原告がそのような事情を聞いていたとしても、それは原告自身とは別人に対する取調べの状況に関することであるから、そのことから、原告が受けた取調べが特に苛酷であったとか、原告が同査察官に対して自由意思を抑圧されるほどの畏怖心を抱いたとは到底いえない。

(二) 河野査察官は、原告の不動産所得に関しては、押収書類及び原告の供述から、本件土地、吹田市朝日町舟橋所在の建物(以下「朝日町建物」という。)他五か所の不動産からの賃料収入が申告から除外されているのを確認し、他方収入金額から控除される必要経費のうち、租税公課(固定資産税、都市計画税)は、原告の供述及び所轄の市役所への照会結果に基づいて認定し、損害保険料は、押収した火災保険証券等によって確認し、建物の修繕費及び減価償却費は、原告の供述に基づいて認定した。また、朝日町建物については、原告がその敷地を賃借している旨申し立てたため、その支払賃料を必要経費に計上することを認め、その金額について、当初は原告の供述に基づいて本件各年分それぞれにつき年額七万円としていたが、後日原告が地代金領収之通を持参して提出したので、最終的にはそれによって、昭和五九年分が二一万五三五八円、昭和六〇年分が二二万一五五四円、昭和六一年分が二三万四四五二円と認定した。そして、同査察官は、右に認定したところについてはすべて査察官調査書にまとめて記載し、それを原告に示して、必要経費の各項目についても逐一原告に質問し、間違いがない旨の確認を得た。

ところで、原告は、本件土地については、昭和四七年頃から生野タミヱより賃借しており、その賃料として昭和五九年分及び昭和六〇年分は各五四万三二〇〇円、昭和六一年分は八一万四八〇〇円を支払っていたが、その支払についての領収証は押収されてはいなかった。もっとも、同査察官が前記のとおり原告の不動産に関して行った所轄の市役所への照会結果によると、本件土地について原告に固定資産税、都市計画税が課されてはいなかったから、そこから本件土地が借地で賃料が支払われているのではないかという疑問を抱くことが可能ではあったが、同査察官は、不動産所得の必要経費として質問したもの以外にあれば、当然原告から申立てがあるものと考え、原告に対して、一般的に、何か他に必要経費があれば資料を提出して申し立てるようとには言ったものの、それ以上に本件土地についての賃料に関する具体的な質問まではしなかった。原告もまた、その点について何も申し立てなかったため、本件土地についての支払賃料は、不動産所得の計算上必要経費に上げられないままになった。

(三) 河野査察官は、原告の利子所得に関しては、原告のもとから仮名ないし借名の預金通帳や印鑑等が多数押収され、また、損益計算書及び貸借対照表の数字が突合しなかったことなどから、原告が本件各年度中に解約した仮名ないし借名の預金がかなりあったものと考えて、その点を原告に確認したところ、原告もそのことを認めたが、仮名ないし借名の預金口座を具体的に特定して答えることはできなかった。そこで、同査察官は、原告の取引銀行で、押収された印鑑の印影に符合すると思われる銀行取引印を使用している口座で金額的にも相当大きい(一〇〇万円単位くらい)ものを調べる方法により、仮名ないし借名の預金口座を特定しようとした。そうして特定された口座の一つに本件定期預金口座(その預金額は二〇〇万円)も含まれていたので、銀行から送付された本件定期預金口座についての銀行の確認書(その中には預金口座の開設申込書も含まれている。)を示して原告に確認したところ、原告も本件定期預金が自己のものであることを認めたため、その預金利息を昭和五九年分の利子所得の収入金額に計上した。

なお、原告は、後日銀行から本件定期預金口座の開設申込書の写しを取り寄せてみたところ、そこに記載された文字の筆跡が原告のものとは異なっていたこと、及び、電話で本件定期預金の名義人である井上陽子が実在していることが確認できたことから、本件定期預金は原告のものではないと判明した旨供述するが、原告が供述するところのみからでは、未だ本件定期預金が原告のものでないと断定することはできず、結局本件で取り調べた証拠のみからでは、本件定期預金が原告のものであるか否かは明確ではないといわざるを得ない。

(四) 河野査察官は、一年に及ぶ査察調査の結果、原告の本件各年分の所得金額及び税額等を確認し、昭和六三年六月一八日頃それ(本件修正申告に係る金額)を原告に示して、その金額どおりに修正申告をするように慫慂した。原告は、これに対して、概算で申告させて欲しいと述べたが、同査察官は、それでは査察調査の結果とどの点において差が生じたのかわからないので、疑問点や不審点があれば具体的に指摘するように促した。しかし、原告は、具体的にこれらを指摘することなく、単に概算での申告を認めて欲しいというのみであったので、同査察官は、それでは更に査察調査を継続せざるを得ないとして、自己が開示した金額どおりに修正申告をするよう強く勧めた。そこで、原告も、同査察官のいうところに従うことを了承し、同月二〇日、右金額どおりに本件修正申告をなした。

原告は、同査察官が、自己の開示した金額について絶対に間違いない旨の断定的判断を提供したと主張するが、証人河野道有の証言によると、同査察官が述べたのは、一年間に亘って査察調査を行い、証拠書類を検討して原告の言い分も十分聞いた上で算出した金額であるから、そういう意味でいいかげんなものではなく確かなものであるという趣旨のものであったと認められ、原告の右主張は理由がない。

3  以上に認定したところをもとに、原告の主張の当否を検討する。

(一) 本件土地についての支払賃料が必要経費に計上されなかった点については、所得金額の計算上過誤があったとはいえ、原告は、この点について正しく計算されたものと考えて本件修正申告に至ったのであるから、錯誤があったといえる。しかし、原告が確定申告から除外した所得金額は多大で多項目に亘り、本件土地についての不動産所得はその中の極一部に過ぎず、本件土地についての支払賃料の課税総所得金額に占める割合は別表2記載のとおり一パーセントにも満たないわずかなものであって、しかもその領収証も押収されておらず、そのことにつき最も通じているはずの原告から申告もなかったものである。従って、そのような錯誤は、修正申告書の記載からは全くわからないものであることは勿論のこと、査察調査の過程においても、査察官にとって容易に知りえる事柄ではなかったといえる(河野査察官が原告の不動産に関して行った所轄の市役所への照会結果によると、本件土地について原告に固定資産税、都市計画税が課されてはいなかったというのであるから、同査察官がその点につき十全な注意を払えば、本件土地が借地で賃料が支払われているのではないかという疑問を抱きえたとはいえるが、だからといって、それが同査察官にとって容易に知りえる事柄であったとはいえない。)。そうしてみると、この点についての錯誤が明白なものといえるか否かについては、疑問がある。また、前記の本件土地についての支払賃料の課税総所得金額に占める割合からすると、この点についての錯誤が重大なものとはいえない。

更に、本件定期預金の利息に関しては、前記2(三)に認定したところからすると、そもそも錯誤があったといえるかどうか疑問であるし、錯誤があっても、それが明白でも重大でもないことは明らかである。

(二) 本件土地は、昭和四七年頃から賃借していたもので、その支払賃料については原告自身が最も通じており、それが不動産所得の必要経費に当たることも自明の理であって、原告において十分理解していたところである。また、本件査察調査の過程で、河野査察官は、不動産所得の必要経費について、認定したところをすべて査察官調査書にまとめて記載し、それを原告に示して、各項目について逐一尋ねて確認を得たが、その中に朝日町建物の敷地の支払賃料は含まれていたものの、本件土地の支払賃料については、査察官調査書に記載もなく、質問もされなかったというのである。そうしてみると、原告において、査察調査の過程で、本件土地の支払賃料が必要経費から漏れているのではないかという疑念を抱き、そのことについて確認することは容易であったと考えられ、他方同査察官にとっては、前記のとおりそのことは容易に知りえる事柄ではなかったといえる。

本件定期預金については、原告自身が査察調査の過程で、銀行から取送付された本件定期預金口座についての銀行の確認書を示されて確認された際に、自己に帰属することを認めていたのである。

また、同査察官は、査察調査を終えた段階で、原告に本件修正申告に係る所得金額及び税額を示して、そのとおり修正申告をするように慫慂したが、それはあくまでそれまでの査察調査の結果を踏まえて、その過程で確認された金額を示して修正申告の慫慂を行ったものであるから、これが不当なものであるとはいえない。また、その際、同査察官において、原告が主張するような断定的判断を提供したり、甘言や脅迫的言辞を弄したと認められないのは前記のとおりである。

以上のような査察調査の経過及び本件修正申告がなされるに至った経緯に、前記(一)のとおり原告の主張する錯誤には明白性及び重大性の要件該当性についても問題があることをも併せ勘案すると、本件修正申告の過誤に関し、税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば原告の利益を著しく害すると認められる特段の事情があるとは到底いえない。

(三) よって、原告の錯誤無効の主張は理由がない。

三  結論

以上によれば、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下村浩藏 裁判官 山垣清正 裁判官 清野正彦)

別表(1)

<省略>

別表(2)

<省略>

不動産目録

一、吹田市日の出町壱六九四番ノ壱

宅地 弐参五〇〇平方メートル

二、右同所 壱六九四番壱弐

宅地 弐七参・五五平方メートル

三、右同所 壱六九四番壱八

宅地 五四・壱壱平方メートル

四、右同所 壱六九四番参参

宅地 六五・弐八平方メートル

五、右同所 壱六九四番参五

宅地 五四・〇壱平方メートル

六、右同所 壱六九四番参七

宅地 六四・五八平方メートル

七、右同所 壱六九四番四壱

宅地 八四・〇六平方メートル

八、右同所 壱六九四番四九

宅地 五四・参二平方メートル

九、右同所 壱六九四番五壱

宅地 五四・六参平方メートル

以上

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